第2講で、洗浄で落とす汚れの4つ目、自然酸化膜を見ました。「空気や水にふれると、すぐまたできる」と書きましたが、その「すぐ」は、どのくらいなのでしょうか。
この補講では、うすめたフッ酸で酸化膜を落としたあと、表面がどうなるのか、そしてどのくらいで、酸化膜が戻るのかを、数字で見ていきます。
この記事でわかること
- 自然酸化膜が、なぜ困るのか(接触抵抗)
- フッ酸のあとの表面(水素終端)
- 酸化膜が戻るまでの、おおよその時間
- 自然酸化膜の、うすさ(ナノメートルの世界)
① 自然酸化膜とは、何か
第2講で、洗浄で落とす汚れの4つ目として、自然酸化膜を見ました。これは、シリコンのウェハが、空気や水にふれると、表面にできる、とてもうすい酸化膜(酸素と結びついた膜)です。
この膜は、電気を通しにくい性質があります。そのため、金属の配線とつなぐ場所に残っていると、接触抵抗(つなぎ目の電気の通りにくさ)が大きくなることが、特許などで指摘されています。デバイスの性能を落とす原因になります。
確認クイズ:自然酸化膜が、金属とつなぐ場所に残ると、何が困りますか?
答え:つなぎ目の電気の通りにくさ(接触抵抗)が大きくなり、デバイスの性能が落ちます。
② うすいフッ酸で落とすと、表面はどうなる?
自然酸化膜は、第2講や第3講の補講で見た、うすめたフッ酸(水で1:50、または1:100に混ぜた液。25℃で約15秒)で落とします。
このとき、シリコンの表面は、むき出しになるわけではありません。表面のシリコン原子が持っている「結合の手」(ほかの原子とつながる手)を、水素原子がふさぐのです。この状態を、水素終端(すいそしゅうたん)といいます。水素でふたをされた表面は、すぐには、酸素や汚れと結びつきにくくなります。
ちなみに、フッ酸の「蒸気」で酸化膜を落とす方法もあります。特許などによると、この場合は、表面に、フッ素が、かなり残ります。液のフッ酸とは、できあがる表面が、ちがうのです。
確認クイズ:フッ酸で酸化膜を落としたあと、シリコンの表面は、何でおおわれますか?
答え:水素原子です(水素終端)。
③ 「すぐまたできる」は、どのくらいの「すぐ」か
第2講で、自然酸化膜は「空気や水にふれると、すぐまたできる」と見ました。では、「すぐ」とは、どのくらいでしょうか。
測定の報告や特許には、次のような記述があります。
- フッ酸で処理したシリコンの表面は、2時間以上、ほとんど変わらなかった。3〜4日たっても、再び酸化した量は、ごくわずかだった(ある測定報告)
- フッ酸のあと、うすい酸化膜が再びできるまでには、10の3乗〜10の4乗分ほどかかる(ある特許の記述)
10の3乗分は1,000分。1,000 ÷ 60 ≒ 約17時間です。10の4乗分は10,000分。10,000 ÷ 60 ÷ 24 ≒ 約7日です。つまり、「すぐ」といっても、数時間から数日という幅があります。
ただし、水素でふさがれた表面も、高い温度には強くありません。また、空気中の酸化力のある物質が、ふさがれた表面を通りぬけることもあります。だから、工場では、フッ酸のあと、できるだけ早く、次の工程へ進めます。
数時間から数日のあいだに、酸化膜は、少しずつ戻ってくるからです。それだけではありません。第3講の補講で見たとおり、むき出しに近い表面は、汚れも、つきやすいのです。落としたら、待たせないのが基本です。
確認クイズ:フッ酸のあと、「できるだけ早く」次の工程に進めるのは、なぜですか?
答え:酸化膜が少しずつ戻り、表面も汚れやすくなるからです。
④ 自然酸化膜は、どのくらいうすいのか
ある測定例では、きれいな空気の中に、室温で約1週間おいたシリコンの自然酸化膜は、5〜7オングストロームでした。1オングストロームは、0.1ナノメートルです。
5〜7オングストロームは、0.5〜0.7ナノメートルです。1ナノメートルは、0.000001ミリメートルなので、0.0000005〜0.0000007ミリメートル。ほとんど、原子の層が数枚、重なった程度のうすさです。
このうすさだと、測るのも、むずかしくなります。資料によると、断面を電子顕微鏡で見る方法(TEM)は、膜の厚さを測るのに、いちばん確かな方法ですが、10オングストローム(1ナノメートル)より、うすい自然酸化膜は、測れないとされています。
自然酸化膜の厚さを測る方法についての解説は、Semiconductor Digestの記事で読めます。
Semiconductor Digest「Thickness measurement of submonolayer native oxide films on silicon wafers」
確認クイズ:自然酸化膜の厚さの例として、記事が紹介しているのは、どれですか?
答え:きれいな空気の中に、室温で約1週間おいたとき、5〜7オングストローム(0.5〜0.7ナノメートル)です。
フッ酸で自然酸化膜を落とすと、表面は水素でおおわれる(水素終端)。酸化膜が戻るまでは、数時間から数日。だから、落としたら、できるだけ早く次の工程へ進める。自然酸化膜の厚さは、約0.5〜0.7ナノメートル(ある測定例)。
次は、第4講の「洗いすぎ」と関わる、洗浄装置の方式(バッチ式と枚葉式)を見ていきます。
ことばのおさらい
酸化膜:酸素と結びついてできる、うすい膜。シリコンの場合は、二酸化ケイ素です。
接触抵抗:金属と半導体のつなぎ目で、電気の通りにくさ。小さいほど、性能がよくなります。
水素終端:シリコンの表面の「結合の手」を、水素原子がふさいだ状態。
オングストローム:長さの単位。1オングストロームは、0.1ナノメートルです。
よくある誤解
Q. 自然酸化膜は、空気にふれた瞬間に、できてしまうのですか?
いいえ。資料には、フッ酸で処理した表面が、2時間以上ほぼ変わらず、3〜4日でも、再酸化がわずか、とする報告があります。ただし、時間がたつほど、酸化膜は戻ります。
Q. フッ酸で落としたら、表面は、まっさらな「むき出しのシリコン」ですか?
表面は、水素原子でおおわれています(水素終端)。フッ酸の蒸気を使うと、フッ素が残る、という指摘もあります。
参考にした情報
- Semiconductor Digest「Thickness measurement of submonolayer native oxide films on silicon wafers」(自然酸化膜の厚さの測定。5〜7オングストロームの例と、TEMの限界)
- NASA技術報告書サーバー(NTRS)19940016035(フッ酸処理後のシリコン表面の再酸化の測定)
- US6492283B2「Method of forming ultrathin oxide layer」(フッ酸処理後の表面と、酸化膜の再成長の記述。特許の記述であり、実験の裏づけは別に確認が必要)
- Wikipedia「RCA clean」(フッ酸の条件。1:50または1:100、25℃で約15秒)

