今回のテーマは、
「薬液で削ると、どんな形になり、何が得意で何が苦手なのか」
答え:薬液は膜を溶かし、ふつう横にも広がって削れます(等方性)。酸化膜だけを削るなど、相手を選ぶのは得意ですが、細かい形は苦手です。シリコンでは、結晶の向きによって斜めの壁ができます。
この記事でわかること
- ① 薬液で溶かすしくみ
- ② シリコンの上の酸化膜を削る例
- ③ 等方性とアンダーカット
- ④ 結晶の向きで変わる削れ方
- ⑤ 他の薬液と、使うときの注意
※各節の「くわしく見る」は、計算で確かめたい人向けです。
① ウェットエッチングは、薬液で膜を溶かす
大事なポイント:薬液が膜と反応して、水に溶ける物質に変わります。それを洗い流すことで、膜が薄くなります。
この講では、第1講で学んだエッチングのうち、液体を使うウェットエッチングを取り上げます。ウェットは、液相(液体)の中で膜を取り除く方法です。薬液に膜が触れると、化学反応が起き、膜が薬液に溶け出します。レジストで覆われた所には、薬液が届かないので、膜が残ります。
一般的な手順は、次のとおりです。
- 削りたい膜に合わせて、薬液の種類、濃度、温度を決めます。
- レジストの形をつけたウェハを、薬液に浸します(一定の時間のあいだ)。
- 薬液から引き上げ、水で洗い流します。
- 乾かして、次の工程へ送ります。
薬液の温度や濃度が変わると、削れる速さ(エッチレート)も変わります。そのため、薬液の温度と濃度を一定に保つことが、ウェットの基本です。ウェットでは、薬液の反応そのものがエッチングなので、プラズマのような大がかりな装置は要りません。この単純さが、ウェットの長所です。一方で、削られる形に自由度が少ないのが、短所です。この点は、第3節で説明します。
確認クイズ:ウェットエッチングで、膜が削れるのは、薬液が膜に対してどうなるからでしょう?
答え:薬液が膜と反応して、膜が溶け出すからです。
② 代表例:酸化膜を、BHFで削る
大事なポイント:シリコンの上の酸化膜(SiO2)を削るには、BHF(バッファードフッ酸)がよく使われます。
ウェットの代表例は、BHF(バッファードフッ酸)という薬液で、シリコン(Si)のウェハの上の二酸化ケイ素(SiO2、酸化膜)を削る方法です。BHFは、フッ化水素酸(HF)を含む薬液で、酸化膜を溶かす力があります。フッ化水素酸は、皮膚から体にしみこむ危険な薬液なので、実習では扱いません。
ここで大事なのは、相手を選ぶことです。BHFは、シリコンの上の酸化膜を削る用途に使われます。下のシリコンは、酸化膜に比べて、削れかたがはるかに遅いので、酸化膜を削りきったあと、下のシリコンがほとんど残ります。このように、削りたい膜だけを、速く削る組み合わせを選ぶことが、エッチングの基本です。この度合いを数字で表したものが選択比で、第4講で学びます。
反対に、薬液の選び方を間違えると、削りたくない膜まで溶かしてしまいます。薬液は、削る膜の種類ごとに選ぶ必要があります。
確認クイズ:BHFは、シリコンの上の、どんな膜を削るために使われるでしょう?
答え:二酸化ケイ素(酸化膜)です。
③ ウェットは等方性:アンダーカットが出る
大事なポイント:薬液は、膜の表面から全方向に、同じように作用します。そのため、横にも広がって削れます。
第1講で学んだとおり、ウェットで使う薬液は、ふつう等方性です。薬液は、「基板をすべての方向に等しく削る」ので、膜は下へ削られながら、同時に、レジストの下へ横から食い込みます。これがアンダーカットでした。
食い込む量は、ほぼ、削った深さと同じです。つまり、膜が厚いほど、横への広がりも大きくなります。厚い膜では、このずれ(バイアスとも呼びます)が、大きな問題になります。たとえば、膜厚1µmを削ると、片側へ約1µm食い込み、レジストの開口が2µmなら、膜の開口は約4µmに広がります。
このため、細い線や、狭いすき間が並ぶ回路には、ウェットは向きません。線の幅が膜厚と同じくらいか、それより細くなると、ウェットでは形を保てません。これが、1980年代後半に、ドライへ置きかえられた理由です。それでも、ウェットは、形の精度があまり問題にならない場面や、シリコンの結晶の面を利用する場面では、使われ続けています。
確認クイズ:膜厚2µmの膜を等方性のウェットで削るとき、レジストの開口が3µmなら、膜の開口は、およそ何µmになるでしょう?
答え:約7µmです(3 + 2 × 2)。
くわしく見る:アンダーカットの大きさの計算
等方性で、横の食い込み量が、削った深さと同じだと単純に考えます(理想化した目安です)。開口の幅を W、膜厚を d とします。
膜の開口 = W + 2 × d
W=2µm、d=1µm なら、2 + 2 × 1 = 4µm です。d=2µm、W=3µm なら、3 + 2 × 2 = 7µm です。実際には、削りきったあとも、少し長く浸すので、広がりはこれより大きくなります。
④ シリコンの結晶の向きで、削れる速さが違う
大事なポイント:KOHという薬液でシリコンを削ると、結晶の面の向きによって削れる速さが大きく違い、斜めの平らな壁ができます。
シリコンは、原子が規則正しく並んだ結晶です。原子の並び方には向きがあり、面の向きによって、削れる速さが違うことがあります。面の向きは、(100)、(111)のような数字で表します(これを結晶面と呼びます。数字の意味は、2級で学びます)。 ▶ 2級でくわしく
水酸化カリウム(KOH)の水溶液は、約50℃で使うと、シリコンの(100)面を、(111)面よりずっと速く削ります。速さの比は、約400です。すなわち、薬液は等方的でも、シリコンの結晶が方向によって違いをつくるのです。
ウェハの表面が(100)面のとき、まっすぐ下へ削られて、穴の底は(100)面のまま残ります。一方、穴の斜めの壁は、ほとんど削れない(111)面になります。この壁の角度は、約54.7°です。すなわち、穴は、深くなるほど、底が狭くなる形になります。
この削り方は、細かい回路には使いませんが、微小な機械(MEMS)の穴や溝をつくるときに使われます。
▶ 外部の参考ページ:シリコンのKOHによる異方性エッチングの手順例(大学の微細加工施設のページ・英語)
確認クイズ:KOHでシリコンを削るとき、(100)面は(111)面の、およそ何倍の速さで削れるでしょう?
答え:約400倍です。
くわしく見る:穴の底の幅を計算する
斜めの壁の角度を54.7°とします。tan 54.7° ≈ 1.414(=√2)です。深さを d とすると、壁が横へずれる幅は、片側で d ÷ 1.414 です。
底の幅 = W − 2 × d ÷ 1.414 ≈ W − 1.414 × d
W=200µm、d=100µm なら、200 − 1.414 × 100 = 58.6µm(約59µm)です(検算:片側 100 ÷ 1.414 ≈ 70.7µm、200 − 2 × 70.7 = 58.6µm)。底の幅が0になる深さは、200 ÷ 1.414 ≈ 141µm で、それより深くは掘れず、V字の溝になります。
また、(111)面の速さは、(100)面の 1/400 です。(100)面で100µm削る間に、(111)面は 100 ÷ 400 = 0.25µm しか削れません。ここの値は、目安です。
⑤ 他の薬液と、使うときの注意
大事なポイント:シリコンを削る薬液には、KOHのほかに、EDPやTMAHがあります。薬液ごとに、温度、速さ、安全性、マスクとの相性が違います。
シリコンを結晶の向きに沿って削る薬液は、ほかにもあります。EDPは110℃で使い、(100)面を約0.47µm/分で削ります。TMAHは80℃で使い、約0.6µm/分で削ります。TMAHは、EDPの代わりの薬液として紹介されています。ただし、TMAHも毒性が高く、皮膚に触れると危険です。
薬液を選ぶときは、次の3点を考えます。
- 削りたい膜が、その薬液で削れるか。
- レジストなどのマスクが、その薬液に耐えるか。(たとえば、レジストは、pHが3より大きい溶液では、ほとんど削られないと紹介されています。)
- 薬液に含まれる成分が、ウェハを汚さないか。
3つ目の例として、KOHを使うと、カリウムのイオンが酸化膜の中に混ざり、そこで動き回る場合があります。電気の特性が変わるおそれがあるので、使うときは注意が必要です。また、KOHは酸化膜も、約2.8nm/分と、ごくゆっくり削ります。長い時間かけて深い穴を掘るときは、酸化膜のマスクが薄くなることも、考えなければなりません。
まとめると、ウェットは、単純で、相手を選びやすい方法ですが、形の自由度が小さい方法です。この欠点を補う方法として生まれたのが、次の講で学ぶドライエッチングです。
確認クイズ:EDPの代わりの薬液として紹介されているのは、どれでしょう?
答え:TMAHです。
くわしく見る:掘る時間の見積もり
深さ100µmの穴を、TMAH(0.6µm/分)で掘る時間は、100 ÷ 0.6 ≈ 167分(約2.8時間)です。EDP(0.47µm/分)なら、100 ÷ 0.47 ≈ 213分(約3.5時間)です。
KOHが酸化膜を約2.8nm/分削るとすると、1時間(60分)で 2.8 × 60 = 168nm(約0.17µm)の酸化膜が減ります。マスクの酸化膜は、これより厚くしておく必要があります。数値は、目安です。
安全のひとこと:BHF(フッ化水素酸を含む)やTMAHは、皮膚に触れると危険な薬液です。工場では、専用の設備と決まりで厳重に管理されます。取り扱いは、必ず職場の決まりとSDS(安全データシート)に従います。
この講のまとめ
ウェットは、薬液が膜と反応して溶かす方法で、装置が単純で、削る相手を選びやすい方法です。
薬液はふつう等方性で、削った深さと同じだけ横に食い込むため、厚い膜や細かい形には向きません。
KOHでシリコンを削ると、結晶面の向きで速さが約400倍違い、約54.7°の斜めの壁ができます。
次の講では、気体を使うドライエッチングの土台になる、プラズマとは何かを学びます。
ことばのおさらい
- ウェットエッチング:薬液に浸して、膜を溶かす方法です。
- BHF:バッファードフッ酸。シリコンの上の酸化膜を削るのに使われる薬液です。
- KOH:水酸化カリウム。シリコンを、結晶の向きに沿って削る薬液です。
- 結晶面:結晶の中で、原子が並んでできる面です。(100)や(111)のように表します。
- バイアス:アンダーカットで、マスクの端から横に食い込んだ量のことです。
- MEMS:微小な機械の部品のことです。シリコンの穴や溝を使います。
よくある誤解
Q. ウェットは、必ず等方性ですか?
いいえ。ウェットの薬液は、ふつう等方性ですが、KOHのように、シリコンの結晶面によって速さが変わるものもあります。ただし、その場合も、横に自由に形を決められるわけではありません。
Q. 薬液を濃くすれば、よい形になりますか?
いいえ。濃さや温度は、削る速さに影響しますが、等方性という性質は変わりません。形の精度が必要なときは、ドライを使います。
参考にした公式情報
- Wikipedia「Etching (microfabrication)」(ウェットの特徴、BHF、KOH、EDP、TMAH、結晶面、角度54.7°、レートの数値)
- Wikipedia「Isotropic etching」(等方性、アンダーカット)
- Wikipedia「Photoresist」(レジストの薬液への耐性(pH3))
- UBC Advanced Nanofabrication Facility「Si anisotropic etch (KOH, TMAH)」(KOHによる異方性エッチングの手順例)
「薬液を準備して浸し、水で洗い、乾かす」という手順、アンダーカットの式(W+2d)、穴の底の幅の式は、一般的な知識にもとづく目安です。図は、記事用に描いた簡易の図です。数値の計算例は、説明用の仮の値です。

