きれいな水は、電気をほとんど通しません。ところが、塩をほんの少し溶かすだけで、電気を通すようになります。混ぜるものが少しでも、電気の通り方は、がらりと変わるのです。
半導体の工場でも、似たことをします。ウェハ(半導体を作る、丸い板)の決まった場所に、ほかの原子を、ほんの少し打ち込んで、電気の通り方を変えます。この工程が「イオン注入」です。先に答えを言うと、イオン注入は、トランジスタの電気の通り道を作る工程で、打ち込んだあとの熱処理「アニール」で、仕上げます。
塩水の例が当てはまるのは、「少し混ぜると、電気の通り方が変わる」という点だけです。塩水と、シリコンのウェハは、仕組みがまったく違います。
この記事でわかること
- この記事の目的:イオン注入で何をして、なぜ必要なのかを、アニールとあわせて、つかむこと
- 前半:イオン注入の目的と、原子を打ち込む装置の仕組み
- 後半:打ち込むと結晶が傷つく理由と、アニールで直す工程

- 原子を打ち込む、大きな装置
- ビームの通り道が、長く続く
- 電気の通り道を作る工程で使う
博士、ウェハに原子を打ち込むって、どういうことですか?
電気を通しにくい基板に、ほかの原子を少し混ぜて、電気の通り方を変えるんじゃ。
打ち込んだら、それで終わりですか?
いや、結晶が傷つくので、熱で直す必要があるんじゃ。順に、見ていこう。
イオン注入は、「使える半導体」にする工程
SCREENセミコンダクターソリューションズの入門解説によると、イオン注入は、半導体に、電気が流れたり、溜まったりするところを作る工程です。具体的には、シリコンのウェハに、ボロンや砒素などのイオンを打ち込みます。イオンとは、電気を帯びた原子のことです。解説は、イオン注入をしないと、素子を正常に動かす電気が通らず、まともに動くICはできない、とも述べています。(かなり乱暴な表現だと、解説自身が断っています。)
イオン注入装置を作る日新イオン機器の解説では、もともと電気を通しにくい基板に、電気の特性を変える不純物を打ち込んで、「使える半導体」にする工程だと説明されています。もともと使えない基板を、原子を混ぜることで、使えるものに変えるのです。
この工程は、前工程の中で、フォトレジストの塗布、露光、エッチング、洗浄、平坦化などと一緒に、何度も繰り返されます。たとえば、トランジスタ(NMOS)のソースとドレイン、つまり電気の出入り口を作るときにも、イオン注入が使われます。
歴史も、少しだけ紹介します。Georgia Techの講義資料によると、ショックレーが、イオン注入のアイデアを特許にしたのは1956年です。最初の商用の注入装置は、1973年に登場しました。今の注入装置は、数百万ドルもする、大きな装置です。

- 打ち込む相手は、ウェハ
- 表面の形は、ほとんど変わらない
- 中に、原子が入る
原子を打ち込む装置の仕組み
では、どうやって、原子をウェハに打ち込むのでしょうか。書籍の章を紹介するScienceDirectの解説によると、流れは次のとおりです。
- 原料のガスなどから、電子をぶつけて、イオンを作る。
- 90度に曲げる磁石で、イオンを質量ごとに分けて、必要なイオンだけを選ぶ。
- 選んだイオンを、電圧で加速して、ウェハに当てる。
- ビームを、電界で左右に動かして、ウェハ全体に当てる。
ボロンのイオンには、三フッ化ホウ素(BF3)などのガスを使い、リンや砒素のイオンには、ホスフィン(PH3)やアルシン(AsH3)などのガスを使います。毒性の強いガスを使うことが多いので、装置の取り扱いには、注意が必要です。

- ガスをイオンにする
- 磁石で、必要なイオンだけを選ぶ
- 加速して、ビームを動かして当てる
深さは「加速の強さ」、量は「電流」で決める
Georgia Techの講義資料(Alan Doolittle教授)によると、イオンが入る深さは、加速のエネルギー、つまり電圧で決まります。一方、打ち込む量(ドーズ)は、測ったイオンの電流を積み重ねて、とても正確に管理します。深さと量を、別々に決められるのが、イオン注入の大きな強みです。
打ち込まれたイオンは、どうやって止まるのでしょうか。講義資料によると、二つの仕組みがあります。一つは、シリコンの原子核とぶつかること、もう一つは、電子の海の中を進むときの、抵抗のようなものです。イオンは、結晶の中を、何千もの原子の層を通り抜けて、やがて止まります。
講義資料は、ほかにも、次のような長所を挙げています。
- 速い。12インチのウェハ1枚が、中くらいの量なら、最短で25秒。
- ウェハの表面ではなく、内部に濃度のピークを作れる。
- エネルギーを変えて何度も打つと、複雑な分布も作れる。
ここが、熱で原子を広げる「拡散」との違いです。ScienceDirectの解説によると、拡散では、濃度が最も高いのは表面で、深くなるほど下がります。イオン注入では、表面の少し下に、濃度の最大が来ます。この深さを、「飛程(レンジ)」と呼びます。

- 深さは、加速の強さで決まる
- 量は、電流を測って決める
- 深さと量を、別々に決められる
弱点もある。打ち込むと、結晶が傷つく
反面、弱点もあります。講義資料は、とても深い分布や、とても浅い分布は作りにくいこと、毒性の強いガスを使うことが多いこと、装置が高価なことを挙げています。
なかでも大きいのが、結晶の傷です。高いエネルギーのイオンが、シリコンの原子をはじき飛ばして、結晶に傷をつけます。講義資料によると、傷をつけるのは、イオンが原子核とぶつかって止まる過程で、傷がもっとも多いのは、イオンが止まる深さのあたりです。打ち込む量が増えるほど、傷も増えます。結晶が傷ついたままでは、電気をうまくコントロールできません。
もう一つ、やっかいなのが「チャネリング」です。結晶には、原子が並んで、トンネルのような通り道ができる方向があり、イオンがそこを通ると、予定より深く入ってしまいます。この現象は、角度にとても敏感なので、再現性のためには避ける必要があります。講義資料によると、多くの注入では、ウェハを7度ほど傾けて打ちます。
必要な場所だけに打ち込む、マスク
ウェハ全体に、同じように打ち込むわけではありません。ScienceDirectの解説によると、イオン注入は、室温に近い物理的な方法なので、通常のリソグラフィと両立して、小さな領域だけをドーピングできます。講義資料も、厚い材料や、密度の高い材料を「マスク」にして、打ち込みたくない場所を守れる、と説明しています。密度の高い材料ほど、イオンを止める力が強い、とのことです。
アニールで、傷を直して、原子を働かせる
では、傷は、どう直すのでしょうか。答えが「アニール」、つまり、熱をかける工程です。講義資料によると、打ち込んだ原子のうち、ドーパントとして働くのは、結晶の決まった位置に収まったものだけです。高温のアニールで、その割合が上がります。言いかえると、シリコン原子の一つと入れ替わるように、結晶の決まった位置(席)に収まった原子だけが、働くのです。打ち込む瞬間は、速いイオンが結晶に突っ込むので、丁寧な入れ替えではありません。そのため、アニールで、席に座り直させる必要があります。
ScienceDirectの解説は、熱処理の方法を二つ紹介しています。一つは、管状の炉を使う方法で、600〜1000度ほどの、低めの温度で行い、横方向の広がりを抑えます。もう一つは、急速加熱アニール(RTA)です。講義資料は、シリコンの場合、傷を消すより、いったん結晶が壊れた層から、結晶を再び育てるほうが、楽なことが多い、とも述べています。

- 打ち込むと、結晶が傷つく
- 熱(アニール)で、傷が直る
- 原子が、決まった位置で働く
ただし、熱をかければ、よいわけではありません。講義資料によると、注入後の高温の工程で、打ち込んだ原子は、広がってしまいます。傷は直したい、でも、原子は広げたくない。この兼ね合いが、アニールの難しさです。

- 熱が足りないと、傷が残る
- ちょうどよい熱で、傷が直る
- かけすぎると、原子が広がる
パワー半導体でも、重要さが増している
日新イオン機器の解説によると、近年は、自動車向けのパワーデバイスの製造でも、イオン注入の重要度が増しています。
製造の全体像は、半導体の製造工程の全体像で紹介しています。なお、設備の調整や復旧は、所属する工場やメーカーの正式な手順と、権限のある人の判断のもとで行います。この記事は、考え方の紹介で、設備の操作を指示するものではありません。
ことばのおさらい
- イオン:電気を帯びた原子です。
- イオン注入:イオンを加速して、ウェハに打ち込む工程です。
- ドーズ:打ち込む量のことです。
- ドーパント:電気の通り方を変えるために混ぜる、原子のことです。
- ソース・ドレイン:トランジスタの、電気の出入り口です。
- チャネリング:結晶の通り道を、イオンが深く進んでしまう現象です。
- アニール:熱をかけて、傷を直し、原子を働かせる工程です。
よくある誤解
Q. イオン注入は、ウェハに溝を掘る工程ですか?
いいえ。溝を掘るのは、エッチングです。イオン注入は、ウェハの中に、原子を入れる工程で、見た目の形は、ほとんど変わりません。
Q. 打ち込んだ原子は、すべて、電気の通り方を変えますか?
いいえ。働くのは、結晶の決まった位置に収まった原子だけです。そのために、アニールが必要になります。
Q. イオン注入は、シリコン原子を、別の原子に置き換える作業ですか?
結果としては、そう言えます。ただし、打ち込む瞬間は、速いイオンがシリコン原子をはじき飛ばしながら止まるので、丁寧な置き換えではありません。止まったイオンが、結晶の席に収まって、はじめて働きます。
まとめ
イオン注入は、ボロンや砒素などのイオンを打ち込んで、電気の通り道を作る工程です。
深さは加速の強さで、量は電流で、別々に決められますが、結晶が傷つき、原子が働かないという弱点があります。
アニールで、傷を直して、原子を働かせます。ただし、熱をかけすぎると、原子が広がります。
参考にした公式情報
- Alan Doolittle「ECE 6450 Lecture 5: Ion Implantation」(Georgia Tech 講義資料)
- SCREENセミコンダクターソリューションズ「イオン注入(初心者のための半導体入門)」
- 日新イオン機器「イオン注入とは(装置事業)」
- ScienceDirect Topics「Ion Implantation」(書籍の章の抜粋)
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