板を宙に浮かせれば、ゲートは、板のまわりに回り込めます。でも、ゲートを近づけてはいけない場所が、ひとつだけあります。それは、板の両端にある、ソースとドレインのそばです。
そこで、板と板のあいだに、小さな壁を入れます。これが「内側スペーサー」です。この記事では、なぜ壁が必要なのか、どう作るのか、何が難しいのかを、半導体の仕事を目指す方に向けて、順に説明します。
この記事は、これまでの記事の続きです。ここでは、板のあいだの壁(内側スペーサー)をつくる工程を扱います。出典は、記事の最後にまとめています。
この記事でわかること
- この記事の目的:内側スペーサーが何のためにあり、どうやって作られるのかを、つかむこと
- 前半:ゲートを近づけてはいけない理由(寄生容量)と、壁という解決策
- 後半:壁の作り方と、難しさ、現場で気にされる点

- ゲートとソース・ドレインが近い
- 間に寄生容量ができる
- 余計な電気をためてしまう
博士、板のあいだに、なぜ壁を入れるんですか?
ゲートと、ソース・ドレインが近いと、余計な電気をためる「寄生容量」ができるからじゃ。
壁があると、どう変わるんですか?
容量が減るんじゃよ。作り方も、順に見ていこう。
何のために、壁を入れるのか
GAAのトランジスタでは、ゲートが、板のまわりを囲みます。板の両端は、電気が出入りする「ソース」と「ドレイン」につながっています。トランジスタは、ソースからドレインへ流れる電気を、ゲートが開け閉めするスイッチです。
つまり、板のまわりにはゲートがあり、板の両端にはソースとドレインがある、という配置になります。この、ゲートと、ソース・ドレインが、近くに並ぶ場所で、困ったことが起きます。
確認クイズ:板の両端には、何がつながっていますか?
答え:電気が出入りする、ソースとドレインです。
困りごと:ゲートとソース・ドレインのあいだにできる「寄生容量」
2つの導体が近くにあると、そのあいだに、電気をためる性質(容量)が生まれます。ゲートと、ソース・ドレインが近すぎると、そのあいだに、意図しない容量ができてしまいます。これが「寄生容量」で、スイッチを切り替えるたびに、余計な電気をためたり出したりする原因になります。
寄生容量は、ゲートとソース・ドレインのあいだにできる、意図しない容量です。
確認クイズ:寄生容量は、どこにできますか?
答え:ゲートと、ソース・ドレインのあいだです。
解決策:板のあいだに、小さな壁を入れる
この問題への答えが、「内側スペーサー」です。板と板のあいだの、ゲートと、ソース・ドレインの境目に、絶縁体でできた小さな壁を入れます。壁が、両者のあいだに入ることで、ゲートとソース・ドレインのあいだの寄生容量を、減らします。

- 間に絶縁の壁を入れる
- これが内側スペーサー
- 寄生容量を減らす

- ゲートとソース・ドレインのあいだ
- 壁で、へだてる
- 壁の厚さはゲート長にも関わる
確認クイズ:内側スペーサーの役目は、何ですか?
答え:ゲートと、ソース・ドレインのあいだの寄生容量を、減らすことです。
数字で考えてみよう:壁を厚くすると、容量はどう変わるか
ここで、壁の働きを、数字で考えてみます。2つの導体のあいだの容量は、おおまかには、「あいだの絶縁体の誘電率 × 向かい合う面積 ÷ 導体どうしの距離」で決まります(平行な板の近似)。これは基本的な性質で、実際の形は、もっと複雑です。
たとえば、ほかの条件が同じで、壁を厚くして、ゲートとソース・ドレインの距離を2倍にすれば、容量は、およそ半分になります。同じように、誘電率が半分の材料に変えても、容量は、およそ半分になります。壁の材料に、誘電率の低い材料(low-k)が候補に挙げられるのは、このためです。
ただし、壁を厚くすれば、よいとは限りません。壁の厚さは、実際に働くゲートの長さにも関わるため、容量だけで厚さを決めることはできません。寄生容量を減らす効果と、ゲートの長さへの影響の、両方を見ながら、壁の厚さと材料が選ばれます。
確認クイズ:壁の材料に、誘電率の低い材料が候補になるのは、なぜですか?
答え:誘電率が低いほど、ゲートとソース・ドレインのあいだの容量が、小さくなるからです。
作り方その1:SiGeを横から少し削って、凹みをつくる
壁は、どうやって作るのでしょうか。まず、板と板のあいだにはさまっているSiGeを、横から少しだけ削って、凹みをつくります。この、板のあいだのSiGeを、決まった距離だけ凹ませる工程は、壁をつくる前の、大事な工程とされています。
前の記事で見た「選択エッチング」が、ここでも使われます。シリコンの板は削らずに、SiGeだけを、横から、少し削るのです。

- SiGeを横から少し削る
- 凹みをつくる
- そこへ絶縁体を詰める
確認クイズ:壁をつくる前に、板のあいだのSiGeを、どうしますか?
答え:横から少しだけ削って、凹みをつくります。
作り方その2:凹みに、絶縁体を詰める
凹みができたら、そこに、絶縁体を詰めます。これで、板のあいだに、小さな壁ができます。壁が凹みの奥にあるため、あとでゲートが入り込めるのは、壁より手前の、板のまわりだけになります。ゲートと、ソース・ドレインのあいだには、いつも壁があるという形です。ある方法では、酸化膜をつけて、凹みをふさいだあと、一部を取り除き、残った端の部分を窒化して、シリコン酸窒化膜(SiON)の壁にする方法が、示されています。ただし、これは、あくまで一つの方法の例で、すべての製品が、この方法とは限りません。
確認クイズ:凹みには、何を詰めますか?
答え:絶縁体です。
壁の厚さは、ゲートの長さにも関わる
内側スペーサーは、寄生容量を減らすだけではありません。トランジスタの、実際に働くゲートの長さ(実効ゲート長)は、最初に作る仮のゲート(ダミーゲート)の寸法だけでなく、内側スペーサーの厚さにも、決められます。壁の厚さが、トランジスタの特性に、直接関わるのです。
確認クイズ:内側スペーサーの厚さは、何に関わりますか?
答え:実際に働くゲートの長さ(実効ゲート長)です。
難しさ:凹みの形と深さをそろえる
この工程で、いちばん難しいのは、凹みの形です。板の端が、三日月のような形に削られてしまうと、構造がくずれたり、電気の性質がばらついたりします。ほぼ長方形の形に、そろえて削れてはじめて、電気の流れや、力のかかり方が、均一になります。また、凹みをつくる工程の、均一さを、正確に制御することも求められます。凹みの深さが、板ごとにばらつくと、壁の位置や厚さも、板ごとにばらつき、実効ゲート長にも、ばらつきが出ます。深さと形を、板の1枚1枚で、そろえることが、この工程の勝負どころです。

- 三日月状の凹みは
- 構造のくずれのもと
- 形と深さをそろえるのが勝負
確認クイズ:凹みが三日月のように削れると、どうなりますか?
答え:構造がくずれたり、電気の性質がばらついたりします。
現場の視点:凹みの深さを測る
削った量を測ることも、重要です。板のあいだのSiGeを、横から削る凹み加工は、壁をつくる前の、重要な工程とされ、その深さを、チップを壊さずに測る方法が、検討されています。削る工程と、測る工程は、セットで考えられています。こうした計測の仕事は、半導体の「検査・計測」の分野につながります。
確認クイズ:凹みの深さを測るのは、なぜですか?
答え:壁の位置と厚さが決まり、トランジスタの特性に関わるからです。
壁が、ゲートとソース・ドレインを、へだてる。凹みで、その位置と厚さが決まる。だから、凹みを、正確に削る工程が、トランジスタの性能を、左右します。
ことばのおさらい
- ソース・ドレイン:板の両端にある、電気が出入りする部分です。
- 寄生容量:ゲートとソース・ドレインのあいだにできる、意図しない容量です。
- 内側スペーサー:板と板のあいだに入れる、絶縁体の小さな壁です。
- 凹み加工:板のあいだのSiGeを、横から少し削る工程です。
- 実効ゲート長:実際に働くゲートの長さです。
よくある誤解
Q. 内側スペーサーは、板のすき間を埋めて、板を固定するためのものですか?
いいえ。内側スペーサーの主な役目は、ゲートと、ソース・ドレインのあいだの寄生容量を、減らすことです。壁の厚さは、実効ゲート長にも関わります。
Q. 内側スペーサーの材料は、どの会社も同じですか?
同じとは限りません。窒化膜や、誘電率の低い材料など、いくつもの候補があります。方法も、会社や世代によって、異なります。
Q. 壁を入れると、板の中の電気の流れが、さまたげられませんか?
壁は、ゲートと、ソース・ドレインのあいだに入るもので、板の中を電気が流れる道そのものを、ふさぐものではありません。板の両端は、ソース・ドレインにつながったままです。この点は、構造からの説明です。
まとめ
ゲートと、ソース・ドレインが近いと、寄生容量ができるため、板のあいだに、小さな壁(内側スペーサー)を入れます。
壁は、板のあいだのSiGeを、横から少し削って凹みをつくり、そこに絶縁体を詰めて作ります。
凹みの形と深さを、そろえて削ることが、難しさであり、勝負どころです。
次の記事では、板のまわりに、ゲートの膜を、どうつけるかを、説明します。
付記:この記事の根拠
| 記事の内容 | 主な根拠 |
|---|---|
| 内側スペーサーは、ゲートとソース・ドレインのあいだの寄生容量を減らす | S01 IBM特許 |
| SiGeを決めた距離だけ凹ませ、絶縁体を詰めて壁にする | S02 復旦大学ほか |
| 実効ゲート長は、ダミーゲートの寸法と、内側スペーサーの厚さで決まる | S02 |
| 三日月状の凹みは、構造のくずれや電気特性のばらつきを招く。ほぼ長方形の形と、均一な凹み形成が必要 | S02 |
| 酸化膜をつけ、一部を取り除き、端を窒化してSiONの壁にする方法(一つの例) | S01 |
| 凹み加工は、壁をつくる前の重要な工程で、深さの測定方法が検討されている | S03 IBM Researchほか |
| 「寄生容量は、意図しない容量」「容量は誘電率・面積・距離で決まる(平行板の近似)」「板の両端がソース・ドレインにつながる」「壁は電気の道をふさがない」 | 定義と構造からの説明(資料がそのまま述べたものではありません) |
参考にした公式情報
- IBM特許 US10243060B2「Uniform low-k inner spacer module in gate-all-around (GAA) transistors」
- Wangほか「Feature Comparison and Process Optimization of Multiple Dry Etching Techniques Applied in Inner Spacer Cavity Formation of GAA NSFET」(Nanomaterials, 2026)
- IBM Researchほか「Development of SiGe Indentation Process Control for Gate-All-Around FET Technology Enablement」(arXiv:2201.04725)
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