ゲートで、電気の通り道を、ぐるりと全部囲みたい。そのためには、通り道になる薄い板を、宙に浮かせなければなりません。
でも、ごく薄いシリコンの板を、どうやって宙に浮かせ、しかも何枚も重ねるのでしょうか。答えは、板のあいだに、あとで取り除く材料を、はさんでおくことです。この記事では、GAAトランジスタを作る最初の工程を、物語のように追っていきます。
この記事が扱うのは、GAAを作る最初の工程「積層をつくる」ところだけです。その後の工程は、続きの記事で扱います。出典は、記事の最後にまとめています。
この記事でわかること
- この記事の目的:GAAのナノシートが、どんな工程から作られ始めるのかを、つかむこと
- 前半:なぜ板を宙に浮かせたいのか、という目的と、困りごと
- 後半:その解決策としての積層と、現場で気にされる点

- 板が土台にくっつくと
- 板の下にゲートを回せない
- だから板を浮かせる
博士、ゲートで板をぐるりと囲むには、板を宙に浮かせるんですよね。どうやるんですか?
板のあいだに、あとで取り除く材料をはさんでおくんじゃ。
取り除くのに、わざわざ育てるんですか?
そうじゃ。取り除くからこそ、板のまわりが空くんじゃよ。順に見ていこう。
何のために、ゲートで囲むのか
トランジスタは、電気を流したり止めたりする、小さなスイッチです。電気の通り道があり、その上に「ゲート」があって、ゲートが電圧で、通り道を開け閉めします。
ここで大切なのは、ゲートの力が、通り道のすみずみまで届くことです。届かない場所があると、スイッチを切ったつもりでも、そこから電気がすり抜けてしまいます。そこで、ゲートが通り道に触れる面を増やす工夫が続けられてきました。ひれのような通り道を、三方向から囲むFinFETの次の形が、ゲートが通り道を、まわり全部で囲む「GAA(ゲート・オール・アラウンド)」です。まわり全部を囲むと、ゲートの力が、通り道のすみずみまで届きやすくなります。
GAAの目的は、ゲートで通り道を完全に囲んで、電気をしっかり制御することです。
確認クイズ:GAAでは、ゲートは通り道をどう囲みますか?
答え:まわり全部を、ぐるりと囲みます。
困りごと:板が土台にくっついていたら、下にゲートを回せない
GAAの通り道は、薄いシリコンの板で、これを「ナノシート」と呼びます。ここで、困ったことが起きます。まわり全部を囲むには、板の上や横だけでなく、板の下にも、ゲートを回さなければなりません。ところが、板がシリコンの土台にくっついたままだと、板の下には、ゲートの入る場所がありません。
つまり、GAAを作るには、板を、土台から浮かせる必要があります。しかも、板は、厚さが数ナノメートルしかない、ごく薄いものです。1ナノメートルは、10億分の1メートルです。それほど薄い板を、宙に浮かせて、何枚も重ねたいのです。
確認クイズ:板を宙に浮かせたいのは、なぜですか?
答え:板の下にも、ゲートを回して、板をぐるりと囲むためです。
発想:あとで取り除く材料を、はさんでおく
この困りごとへの答えは、少し意外です。板と板のあいだに、あとで取り除く材料を、はさんで積んでおくのです。積み終わってから、はさんだ材料だけを取り除けば、シリコンの板は、まわりが空いて、宙に浮きます。

- 板を宙に浮かせたい
- 下にもゲートを回すため
- そのための積層の工夫
この、あとで取り除く材料に使われるのが、シリコンゲルマニウム(SiGe)です。シリコンに、ゲルマニウムを混ぜた材料です。こうして、GAAの製造は、シリコンとSiGeを、交互に積み重ねる工程から始まります。残るのはシリコンの層で、SiGeの層は、役目を終えると取り除かれるため、「犠牲層」と呼ばれます。

- SiとSiGeを交互に積む
- 残るのはSiの板
- SiGeはあとで取り除く
確認クイズ:最終的に、ナノシートとして残るのは、SiとSiGeのどちらですか?
答え:シリコン(Si)です。SiGeは、あとで取り除かれます。
作り方:エピタキシャル成長で、結晶の層を育てる
では、この積層は、どうやって作るのでしょうか。使われるのが、「エピタキシャル成長」という方法です。単結晶の基板の上に、薄い単結晶の層を、育てる工程です。基板が単結晶なので、その上に育てる層も、単結晶になります。シリコンの層を育て、その上にSiGeの層を育て、またシリコンの層を育てる。これを繰り返して、層を交互に重ねます。

- 結晶の上に結晶を育てる
- これがエピタキシャル成長
- 層は数ナノメートルの薄さ
層は、ごく薄く作られます。試作構造を原子レベルで観察した結果、チャネルになるシリコンの層は、厚さが5ナノメートルでした。最初のSiGe層とシリコン層の厚さを、どちらも5〜20ナノメートルとする設計例もあります。実際の厚さは、会社や世代によって異なります。
確認クイズ:エピタキシャル成長では、何の上に、何を育てますか?
答え:単結晶の基板の上に、薄い単結晶の層を育てます。
なぜSiGeなのか:育てやすく、しかも選んで取り除ける
取り除く材料なら、何でもよさそうに思えます。それでも、SiGeが選ばれるのには、理由があります。
1つ目は、結晶の並びが、シリコンに近いことです。シリコンとゲルマニウムは、結晶の格子の大きさが、約4.2%違います。SiGeの格子の大きさは、その中間にあります。そのため、SiGeは、シリコンの上に、結晶として育てやすい材料です。ただし、格子の大きさが少し違うため、層には「ひずみ」がかかります。ひずみのある層は、ある厚さを超えると、結晶の欠陥ができて、ひずみが緩んでしまうことが知られています。積層の層が、薄く作られる理由の1つです。
2つ目は、シリコンを削らずに、SiGeだけを取り除く「選択エッチング」ができることです。「シリコンをエッチングせずに、SiGeを取り除く」選択エッチングが、使われています。残したいシリコンを傷めずに、犠牲層だけを取り除ける。これが、犠牲層に、SiGeが使われる大きな理由と考えられます。
この節の「だからSiGeが選ばれる」という部分は、資料の記述を組み合わせた説明です。特定の資料が、その理由をそのまま述べているわけではありません。
確認クイズ:SiGeが、犠牲層に使いやすいのは、どんな点ですか?
答え:シリコンの上に結晶として育てやすいことと、シリコンを削らずに、SiGeだけを取り除けることです。
取り除くと、板が宙に浮き、ゲートが囲める
積層ができたら、あとの工程で、SiGeだけを取り除きます。この工程は「チャネル解放」と呼ばれます。取り除くと、シリコンの板は、まわりが空いた状態になり、宙に浮きます。そこへ、ゲートが入り込み、板をぐるりと囲めるようになります。

- SiGeだけを取り除く
- 板のまわりが空く
- ゲートが板を囲める
取り除くために、わざわざ育てておく。これが、ナノシートの積層の、いちばんの工夫です。
確認クイズ:SiGeを取り除くと、シリコンの板のまわりはどうなりますか?
答え:まわりが空いて、板が宙に浮き、ゲートが囲めるようになります。
現場の視点:層と層の境目の品質を見る
エピタキシャル成長で重ねた層は、層と層の境目(界面)の状態が、のちの性能に関わります。初期のGAA試験構造を調べた結果、上側の界面と下側の界面とで、粗さや、小さな穴(ピンホール)のでき方が違うことが報告されています。その違いは、層を育てた順序、つまりエピタキシャル成長の履歴によるものと見られています。電子顕微鏡の技術を使って、原子レベルの粗さを、立体的に観察した結果です。こうした観察や計測は、半導体の「検査・計測」の仕事につながります。
また、SiGeを取り除く前には、SiGeの層を横から少し削って凹みをつくる工程が入ることがあります。これは、次に作る「内側スペーサー」の前の大事な工程で、その深さをどう測るかも、研究されています。積層をつくる工程は、あとの工程の品質にも、つながっています。
確認クイズ:積層の、層と層の境目のことを、何と呼びますか?
答え:界面です。
ことばのおさらい
- GAA:ゲート・オール・アラウンド。ゲートが、通り道のまわり全部を囲む形です。
- ナノシート:薄い板状の、電気の通り道です。シリコンでできています。
- SiGe(シリコンゲルマニウム):シリコンにゲルマニウムを混ぜた材料です。GAAの製造では、あとで取り除く犠牲層に使います。
- エピタキシャル成長:単結晶の上に、薄い単結晶の層を育てる方法です。
- チャネル解放:SiGeの層を取り除いて、シリコンの板を、宙に浮かせる工程です。
- 界面:層と層の、境目のことです。
よくある誤解
Q. ナノシートは、シリコンとSiGeの、両方でできているのですか?
いいえ。積層をつくるときは、両方を使いますが、最終的にナノシートとして残るのは、シリコンの層です。SiGeの層は、あとで取り除かれます。
Q. 取り除く層を育てるのは、無駄ではないのですか?
無駄ではありません。取り除くからこそ、板のまわりに空間ができて、ゲートが板をぐるりと囲めます。
まとめ
GAAは、ゲートで通り道を囲むために、薄い板を、宙に浮かせる必要があります。
そのために、シリコンとSiGeをエピタキシャル成長で交互に積み、あとでSiGeだけを取り除きます。
取り除くために、わざわざ育てておく。それが、ナノシートの積層の工夫です。
次の記事では、このSiGeだけを、どうやって取り除くのかを、説明します。
付記:この記事の根拠
| 記事の内容 | 主な根拠 |
|---|---|
| GAAの工程は、SiとSiGeの積層から始まる。Siが板、SiGeは取り除かれる | S01 imec、S02 IBM Researchほか |
| ゲートが通り道を完全に囲む。制御がよくなる | S02、S03 |
| エピタキシャル成長の意味。積層の界面の「成長の履歴」 | S04、S03 |
| シリコンの層の厚さ5ナノメートル(試験構造)、5〜20ナノメートル(特許の例) | S03、S05 |
| SiGeの格子の違い約4.2%、ひずみと厚さの限度 | S06、S07 |
| シリコンを削らずSiGeだけを取り除く選択エッチング | S05 |
| 「板が土台にくっついたままでは、下にゲートを回せない」「だからSiGeが選ばれる」 | 上の資料からの説明(資料がそのまま述べたものではありません) |
参考にした公式情報
- imec「The near-term logic technology roadmap: three generations of GAA nanosheet technology」
- IBM Researchほか「Development of SiGe Indentation Process Control for Gate-All-Around FET Technology Enablement」(arXiv:2201.04725)
- Karapetyanほか「3D Atomic-Scale Metrology of Strain Relaxation and Roughness in Gate-All-Around (GAA) Transistors via Electron Ptychography」(arXiv:2507.07265)
- NPTEL(IIT)講義「Fabrication of CMOS Integrated Circuits」スライド31
- GlobalFoundries特許 US10297664B2「Nanosheet transistor with uniform effective gate length」
- S. Dhar「Analytical Mobility Modeling for Strained Silicon-Based Devices」(TU Wien)2.1節
- A.I. Zhmakin「Strain relaxation models」(arXiv:1102.5000)
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